河井孝仁のシティプロモーション日記とか

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那覇まちまーい

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沖縄から帰りました。
二日目は沖縄県庁広報課を訪問。
広域自治体としての難しさや課題を確認できた意見交換でした。

飛行機の関係で午後はフリーになったので、首里へ。
着地型観光としての民間ガイドによる「那覇まちまーい」に参加しました。多くのコースがあるなかで、首里の戦跡を巡る 「命どぅ宝 ~首里の戦跡をたどる~」ものを選択。

69年前、米軍の大規模な戦闘を受け、沖縄の日本軍は激戦したものの、日米相互に多くの戦死者がうまれたシュガーローフ攻防戦で敗れます。

米軍は、日本軍司令部のある首里城地下の壕に圧倒的な攻撃を行い、首里の町は、多くの国宝を持つ首里城とともにほとんど灰燼にきすことになりました。

写真にあるガイドの瀬戸さんによれば、ここが降伏の時期であったにも関わらず、敗戦までの交渉期間を延ばすため、各部隊は南部への絶望的な敗走を始めます。舞台には旧制中学の学生までも含まれていました。

この敗走の期間に、たくさんのたくさんの死者がうまれました。首里城壕司令部の陥落で降伏していれば亡くならなかった命です。

まちまーいでは、碑や写真、弾痕の残る壁、動員された旧制一中の博物館、壕の一部、米軍が上陸した湾を臨む展望地、瓦解した街で僅かに残った十字架などなどを説明とともに見せていただきました。

出発までの時間で首里城も見学。
改めて、琉球国は長く独立国であり、今、日本に所属しているのも、ある意味で「たまたま」なのだと感じました。

仕事以外にも多くの学びがある沖縄でした。
  1. 2014/01/30(木) 13:10:22|
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河井孝仁

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自著(単著・共編著・執筆分担)

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