河井孝仁のシティプロモーション日記とか

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出世大名家康くん がんば!

浜松市はゆるキャラ(R)グランプリに向けて、行政や各種団体が強烈に主導して「出世大名家康くん」をプッシュ。現在は第一位かと。

それはそれで悪くはないと思います。グランプリ優勝して始めて市民もその気になるということも十分あるので。

ただし、ゆるキャラは、市民が多様に使いこなすことができる武器。
その武器をどのように鍛えるのかの過程として、グランプリ優勝を獲得する動きもあるはず。

そうであれば「市民のためにこう使いこなしたいから、グランプリ優勝を本気で狙ってます」というインナーコミュニケーション(行政や団体内部、もちろん市民への)が、その時点では浸透しなくても地道に必要になると思います。

そうしたインナーコミュニケーションを的確に行わないまま、投票で1位にすること自体を目的にするのはどうなのかなあと。また、誰に利益が帰属するのかなどの説明が不足したまま、経済効果数億円を喧伝して投票を促してもなあと。
そうなると、あざとさや市民の押しあげ意欲が希薄な、市民から遊離したお役所さんと経済団体さんのイベントにとどまる。

そうしたインナーコミュニケーションのなかで、浜松市がブランドメッセージとして押し出す「出世の街」とは何なのか、改めて定義し、理解し、発展させていくことが必要なのだろうと。

例えば、
浜松という街は、多様な学びがある。大学とか行政主催にとどまらない市民やNPOや企業発の、あるいは一見すれば単なるアソビに見える学びの場もある。
浜松が誇る「浜松まつり」も、町なかに当たり前にある楽器を教える教室も、ものづくり都市を支える多彩な工場も、街を歩くという日常もまた、多彩な学びの「場」となる。

そうした場での学びを基礎に、浜松から翔き、外へも向かうことができる。そういうものが「出世」なんだ。
浜松という街はそのことを大事にできる街なんだということが、ブランドメッセージとしての「出世の街」につながるのではないかと考えています。

そのシンボルとして家康くんがある。多様に設けた、多彩に存在する学びの場に家康くんがさまざまなポジションで立ち会う。
それによって、この場は「出世」のためにあるのだということを常に喚起する。
そうしたことのために、家康くんという存在がいるという意識、その時にグランプリ優勝という「切れ味」が使えるという意識があってもいいかなあと思います。

昨年まで、河井ゼミでは
「商店街キャラが地域の人々の【自発性】を促す仕組みとは」
という研究をしていたこともあり、つらつらと。

___

私は「出世の街」というブランドメッセージ、「出世大名家康くん」というキャラ設定自体は差別的優位性も含めて、プラス評価しています。その理由は既に本文で述べたとおり。
浜松市が行っている多様なシティプロモーション施策についても十分に意味があると思っています、市民の幸福にとって有意義だと考える部分もあります。

しかし、そうした担当部門の思いが伝わっていないのではないか。組織内へも、市民へも、インナーコミュニケーションが適切にできていないために、「トップになることだけが目的、後は何とかなる」「金になるみたいだから投票しろ」「おまえは考えなくていい、とにかく1日1端末1ポチしてればいいんだ」という流れになっていないかと危惧しているということです。

広告代理店が関わっていること自体が悪いことだとも思っていません。プロフェッショナルを的確に使いこなせているのかが問われるべきだと考えています。

地域に住む人々が、自分たちの地域に愛着を持ち、参画意欲を高め、プライドを意識し、推奨するという行動を促す「きっかけ」の一つとなるように十分に鍛えるべき「キャラ」。今回の動きがそれに沿っているのか。という問題意識です。
「くまもん」がどのように鍛えられてきたのか、それを学ぶべきであり、グランプリでトップになったという部分だけに注目することは望ましいことではないと思っています。

___

組織あげての応援・呼びかけだろうが、広告代理店の力を利用しての得票促進だろうが、全然ありだと思っています。むしろ、より積極的でも構わない。

もともと、浜松市行政が、民間の力とも連携しながら、市民の地域参画、愛着確保、推奨促進、それらを基礎として交流客増加、定住促進に向けたシティプロモーションを行うことは十分に意味があると考えています。投資としての予算投入も理解できます。

その一環として、出世大名家康くんのツールとしての価値を上げるために、グランプリ1位に押し上げるための施策を積極的に行うことも何らの違和感もありません。

一方で、こうした行政としての活動は、市民の負託を受けて、ステークホルダーの納得を得て、地域に関わる人々の持続的な幸せを創るために行われるはず。
現状で、その納得を得るための努力、インナーコミュニケーションが不十分に見えるのが残念だという意識です。まさに広報戦略の問題。
  1. 2013/10/03(木) 22:33:47|
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河井孝仁

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