河井孝仁のシティプロモーション日記とか

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

福島原発事故 「安心」の言葉に求められるもの

 今回の大震災及び、それに関わって起きている厳しい様々に思いをいたしている

 そのなかでも、いわき市の風評被害について報道(NHK・3月18日)されていた件について考えたことを記す。

 「誤った」風評は、政府や東電の言うことを信用できないということから起きてしまっているだろう。なかでも「安心」を誤った理由から説明してしまう多くの「アドバイス」から来ているとも考える。

 それは、放射線と放射性物質を混同した議論によく見られる。
・X線検査より低線量
・飛行機で海外往復すればもっと被曝
 しかし、これらは、放射性物質そのものが漏洩し、それを取り込むことによって体内被曝を起こしてしまうのではないか(半減期の長い放射性物質によって、長期間にわたり体内被曝し健康被害を起こすのではないか)という今回の事故が生む怖れを軽減することにはほとんど役立たない

 「1時間立っていても大丈夫だよ」に対し、「でも、放射性物質を吸い込んだら、生きている間ずーっと被曝し続けて癌などの病気になるんでしょ」と言われてしまう状況が既にある

 安心を語られながら、その安心が虚ろであったと知る。そのときに、語られる「安心の言葉」は信じられなくなり、「誤った」風評に流されていくことになったのではないか と考える

 望ましい(カギ括弧付きではあるが)「安心」の言葉は、北村・東北大学名誉教授の寄稿「『退避すべきかとどまるべきか』放射線被ばくを深く心配されている方々へ(2011年3月17日午後時点の情報を踏まえて)」の論理に見られるものではないか

 「過去の核実験などによって、相当多くの放射性物質が世界中に降下し、それを体内に取り入れてしまった方も多くいる。しかし、そのための健康被害は(ゼロではないが)悲観的なほどには大きくない」という考え方

 あるいはそれを敷衍した「確かに放射性物質は漏出し、それを体内に取り入れてしまえば内部被曝は起こる。しかし、それであっても、原子力発電所から30キロ以上離れた場所にまで飛散している放射性物質は極めて僅かであり、(半減期がきわめて長い放射性物質の漏洩も今のところなく=未確認)、健康上の影響は限定される」という考え方

 しかし、この北村名誉教授の意見、それを敷衍した考え方への批判はありうる。
 「健康被害はゼロではない、いや数字的にもむしろ十分に多い。死者の「純増」を来していることは事実であり、そうしたものを建設することは許されない。」との意見。ただ、今、既に起きた危機の前では、ストレスと比較してどちらが健康に悪いのか などの比較衡量によって答えていくしかない状況にあることも確か。判断はそれぞれの価値観にもつながる。

 いずれにしても「放射線量が、相対的に小さい」という説明だけでは既に、市民は納得できない状況にあることだけは理解しなければならない。
  1. 2011/03/19(土) 10:58:53|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<議会広報の現在-『広報会議』2011年2月号 | ホーム | 地方新聞の持つ役割-紀伊民報の取り組みから-『広報会議』2011年1月号>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://tacoh.blog12.fc2.com/tb.php/758-cee8adfa

河井孝仁

09 | 2017/10 | 11
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

自著(単著・共編著・執筆分担)

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。