河井孝仁のシティプロモーション日記とか

『カーニヴァル化する社会』

講談社現代新書の標記を読む。
帯の惹句がつらいな。<気鋭の社会学者「ニート」問題の本質をシャープに読み解く>・・・ってそういうことじゃないと思う。
確かに「本質」と言われちゃえばそうなのかもしれないが。

基本は「監視」でしょ。それも国家によるものではなく、自発的な監視。
その意味では前のエントリの『グーグル』と被る。
鈴木は、より「学」的に展開しているわけだが。

いや、それも違う。
この書の肝は「反省的な自己から再帰的な自己へ」という部分。

ニートも、監視も、ケータイも、そのロジックを生むための事例にすぎない。

「私が私であることの確信になるような内的なメカニズムが欠如しており、個人とは、他者との関係の中でころころ変わる「知られる私」の集合に過ぎない」というところ。他者の視線(データベース)を媒介にして無限の螺旋に陥るってわけ? そして、それは苦しみではなく幸福である。

定時としての「共同体」ではなく、瞬時としての「共同性」=カーニバルがそれを成立させる。

哲学的な視点として、そう新しい認識でもないように思うが、ICTの得意技の「データベース」が、そうしたものを進展させていく、という意味で、この書は情報技術の書であり、現在での意義もあると言うことが可能なのだろう。
  1. 2006/06/13(火) 12:50:03|
  2. 読んで,書籍・・・|
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河井孝仁

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