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河井孝仁のシティプロモーション日記とか

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諦観について

なんだか、確か、小学6年生の時の作文だったか、自由テーマだったはずだったが、今から考えると、笑えるというか、恐ろしいというか「諦観について」というタイトルで作文を書いたことを覚えている。

仏教用語を知っていたわけじゃないが、その作文では、稚拙ながら、単なる「諦め」ではなく「受け入れ(たうえで、進む)」ということを、なんとか書こうとしていた気がする。

そう似てもいないが、昨夜あたりから「景色」ということを、ふとふと考える。
ここでの景色は風景というより、茶陶などでの「けしき」。
計画どおりきっちり作られては、景色は生まれないのだろう。思わぬ釉薬の流れや貫入、さらにはむらや、罅、歪みまでも、景色として愛でるありよう。

まずは、今の不完全に見える状態を受け入れ、それをout of orderとしてではなく、景色として見ることで、身の回りに、あるいは、未来に向けて意味あるものとする心。

そろそろ「完全」に向けて進むには時間切れかもしれないと思うと、この、今の状態を景色として見ることが、どうも気持ちに沿う。

諦めでなく、諦観ということか。

知盛は「見るべきほどのことは見つ」と言って入水した。
そうした境地には至らずとも、さまざまな「不完全」を、どのように景色として眺め、その視力によって進むのか、そんなことを考えてもいる。
  1. 2018/01/02(火) 16:43:33|
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河井孝仁

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自著(単著・共編著・執筆分担)

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