河井孝仁のシティプロモーション日記とか

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ブランドは「選択」でもありそうだ

ブランドは、期待される品質であることの表示にとどまらず、期待される品質に向けての飽くなき努力の表示であることは確かだろう。
一方で、ブランドは「選択」でもありそうだ。何の選択か。共感を獲得できる領域の選択。誰からにも共感してほしいのではない、誰に共感してもらいたいかを選択したことの表示。
ブランドの語源を考えれば、こっちのほうがもともとか。
そのうえで、
共感を獲得可能な領域の広さと、獲得できる個々の共感の深さは、負の相関になるのじゃないか。
広ければ広いほど、個々の共感は浅くなりやすい。
もちろん、共感を獲得できる領域の設定が狭すぎれば、ごく僅かから深〜い共感を得られたとしても、共感者の絶対的不足によってブランドの持続が不可能になることもある。
誰にでも「あなたのことが好き」と言い回っている異性に、遊ぼうよと言うヤツは多かったとして、「君だけを愛する」と深惚れするヤツは少ないということ。いないわけじゃないが。
トヨタ・カローラには深惚れしにくいが、マツダ・ロードスターを愛するドライバーはいそうだ。
とはいえ、全長25メートルの乗用車ブランドを設定したとして、深く深く共感するヤツもいるかもだが、まぁ持続性はなさそうだ。
話を専門に戻すと、地域とは主権者の参画によってしか成立しない。つまり、主権者、市民の強い共感、深惚れが求められる。
共感もなしに参画なんて面倒なことはしない。せいぜいサービスを利用しようと思うだけだ。つまり、いつでもスイッチ可能。
そういう住民がいてはならないということではない。しかし、そうした住民だけで地域が持続する時はしばらく前に終わった。あるいは終わりかけてる。
ところが、地域のブランドメッセージを考えるとなると、誰にでもいいねと言ってもらえるような言葉を探してたりする。
ブランドメッセージを基礎においたシティプロモーションとは、どのような地域を創るのかという選択だろう。選択することで共感、深惚れを誘い、共感を獲得した者の参画を促し、そこに関わる人々の幸せを支える地域を持続させること。
確かに共感だけで食えるのかという問題はある。食わなければ生存できない。食うためにはやはり一定の資源が必要になる。
深い共感を集めるだけで十分な資源を獲得できるか。できる場合はあると思う。
しかし急激な環境変化によって、たとえ深い共感を可能な限り獲得したとしても、そこにいる人々全てが食えるだけの資源の獲得には至らないということもあり得る。
そうなれば見極めか。地域という擬制ではなく、個々の市民・住民が生き延びるための撤退戦が必要になっているのかどうか。
「選ばれるまちになる」
そういう文句を聞いて
「選ばれるまちになる」って何だろう
そんなことを考えた。
今朝8時過ぎ、水戸東照宮で庭を掃く巫女さんを見かけた。いい日になりそうだなと思った。
  1. 2016/02/11(木) 23:37:49|
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河井孝仁

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