河井孝仁のシティプロモーション日記とか

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

福島県大熊町、浪江町、双葉町、南相馬市、相馬市、いわき市

昨日今日と福島県大熊町、浪江町、双葉町、南相馬市、相馬市、いわき市などを、行政経営フォーラムの福島例会として訪ねた。
福島例会は毎年開かれ、震災後は大熊町の状況をバスで訪ねた上で、会津若松市に避難している皆さんのところを訪れ、話をお伺いしながら、ごく短くではあるが楽しい時間を過ごすことが通例となっていた。

今年は趣きを変え、福島第一原発事故から6年を経過した現地を訪ねることを中心にした。
帰宅困難地域とされた場所には身分証明書を添えて入り、6年前の震災時の状況がそのまま、いや、その後の時間経過による崩れや植物による侵食が目立つ状況を見た。
汚染土が詰められた黒いフレコンが延々と続く有様も目にした。
震災に伴う原発事故、それをもたらした原発推進が何を起こしたのか、改めて目のあたりにする。
メガソーラーのパネルが広がる光景も印象的だ。

一方で除染を進めようとする努力や成果も確認できた。
また、津波の後に復興していこうとする町のようすもさまざまに見ることができた。なかでも4年前に訪ねた富岡駅の変化には本当に驚いた。
自動車が転落し、汚れまま放置されている、駅前の商店がすだずたになったまま時間がとまったような四年前。それが、綺麗に広々となった駅前ロータリーに変わっている。
新しい住宅も建てられ、建てられつつある。そのすぐ脇には壊れ放っておかれている建物もあるのだが。

こうしたなかで、南相馬市小高地区の有機農家である根本さん(81歳)のお話はとても力強かった。
「しっかりと情報公開して、かつ、手をかけて有機で、美味しいものを作れば、(今年から作りはじめた)酒米も含め、十分に購入してもらえる。
原発事故2年間、一生懸命に作った苗を刈り込む、すき込む無念は忘れない。
自分にとってやり甲斐のある仕事であることが大事だ。それができずに帰れないまま、意欲を失った、自殺した方もいる。
戻れるまでが、1年なのか3年なのか6年なのか9年なのかで全然違うんだ。」

見てきたものはどうしても建物であり、道路であり、防波堤であるが、根本さんの話からは「人が自分の納得できる場所で活きられるまち」の大事さを強く思った。行政の仕事はそれを実現することだろう。
私の仕事もそれに繋がるものでなくてはならないと考えている。
スポンサーサイト
  1. 2017/07/02(日) 23:02:06|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

河井孝仁

06 | 2017/07 | 08
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

自著(単著・共編著・執筆分担)

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。