河井孝仁のシティプロモーション日記とか

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コミュニティの構築に向けたコミュニケーションの役割-『広報会議』2011年10月号

 7月22日から24日まで、ローマでInternational Association for Development of the Information Society(IADIS)という国際学会が開いた研究大会IADIS International Conference Web Based Communities and Social Media 2011(WBC2011)に参加してきました。

 IADISは情報社会の発展のために設けられた国際学会であり、毎年多様な研究発表大会を開いています。そのなかには、インターネットを活用した教育であるeラーニングや、情報社会を全般的に研究分析するeソサエティ、電子商取引eコマース、ゲームやエンターテイメント、情報の蓄積・収集・活用に係るデータマイニングなどの研究発表大会があります。いくつかの大会が並行して隣接した会場で行われることも通例です。

 ローマでの大会でも、私が参加したインターネットでのコミュニティやソーシャルメディアに関しての発表を主とするWBC2011と同時に、インターネットと人間のあり方を分析するミーティングICT2011やゲームについての研究発表を行うGame and Entertainment Technologies 2011が同日に開催されていました。

 そうしたなかで、私が地域広報、地域コミュニケーションに関わると考える内容や議論などをいくつか紹介したいと思います。まず、WBC2011のイギリス・オープンユニバーシティのコノル教授の基調講演について考えてみます。イギリスのオープンユニバーシティは1969年に設立された遠隔教育を専門とする大学です。障害のある方にとっても学びやすい仕組みとなっています。

 コノル教授は『デジタルの時代で学ぶこと・教えることをあらためて考える』という基調講演のなかで、コミュニティを「成長」するものだと述べられました。ここでのコミュニティはウェブ上でのコミュニティを中心として議論されていますが、それだけではなく実際に顔が見える関係に基づくコミュニティでも同様な発想が有効だと考えます。コミュニティについては、東日本大震災において、改めてその意義が語られていますが、その多くがコミュニティの「存在」やその有無について述べていると考えます。今後、コミュニティを再構築していくということであれば、それがどのような成長過程を経ていくのかを考えることは大きな意義を持つと思います。

 コノル教授は、コミュニティを、常に成長し、進化・変化しているもの、広がりと深さを遷移させているものとして捉えています。その成長の指標として、構成員の「参加」「協力」「アイディティファイ(自己同一化=自分にとってかけがえないものとしての意識)」「価値創出」を挙げられました。構成員が緩やかな集団に参加するだけではなく、そのコミュニティに協力しようという意志をもつこと、さらにかけがえのないものとして意識すること、そのうえで、コミュニティが新たな価値を持つ、自分自身を含む構成員が新たな価値を生む存在となっていくこと。これが、コミュニティの成長であると考えられています。

 こうしたコミュニティの成長は自然に為されるものではないでしょう。このことは連載の前回でご紹介した笑働OSAKAの取り組みにも重なるものだと考えられます。「参加することも笑働。伝えることも笑働。感謝を表すことも笑働。」を敷衍すれば「価値を創ることも笑働。かけがえのないものにすることも笑働。協力することも笑働。参加することも笑働。伝えることも笑働。感謝を表すことも笑働。」ということになります。戦略的なコミュニケーションを行うことによって、構成員が、こうしたステップを上りやすくする。そのような試みが求められます。またコミュニティが、ただ在るというものではなく、変化し成長していくものだとの認識を十分に共有できるコミュニケーションを地域内で行うことで、コミュニティ再構築への方向性も明確になるでしょう。

 コノル教授はこうしたコミュニケーションについても位置取りを明らかにした発言をされました。特にインターネットを活用することによって可能となるソーシャルメディアの志向性を4つの視点から明確にしています。それは、まず、1.知識を独占的ではなく民主的にしていく志向。次に2.メディアの消費からコンテンツの生産を図る志向、三つめに3.交流を行うことによって分配を可能としていく志向。最後にそれらをまとめた4.一方的発信から双方向発信への志向が挙げられました。

 知識が独占されるのではなく多様な人々に共有されるというコミュニケーションは、例えば新聞などによっても可能になります。メディア消費からコンテンツ生産へという志向については、従来は自費出版などによって行われましたが、現在はインターネットを活用することによるハードルの低さを利用して、ブログによる文字・画像コンテンツやヤマハ株式会社が提供するボーカロイドによる自在な歌唱付き楽曲コンテンツなど多くが生み出されています。交流を行うことによる分配志向は、新聞などのように教えるもの・教えられるものの位置づけが明確になるのではなく、それぞれの水平な関係でのやりとりが関係者以外にも染み出していくことによって行われると考えられるでしょう。これらはいずれも一方的発信では困難であり、双方向の発信によって裏打ちされるものです。

 例えばtwitterを考えてみれば、知識は独占ではなく多様な人々による共有が当然となります。140文字とはいえ、そこには発信者によるコンテンツの生産が行われています。また、twitterでのやりとりは閉ざされず、誰でもが透き見をすることができます。これらは双方向いや多方向による情報発信が可能とする姿です。

 コノル教授のこのソーシャルメディアの立ち位置の明確化は、先のコミュニティの成長にも関わるものです。コミュニティを再構築していく、被災地においても、避難先においても。いえ、今、私たちが参加し、協力し、かけがえのないものと考え、多様な形で連携して価値を創出したいと考えるコミュニティが存在しないとすれば、その新たな構築のために、ソーシャルメディアを有効に活用することが必要になるでしょう。民主的な情報共有、参加意識、交流を基礎とした開放をめざしたコミュニケーションが求められるはずです。

 コミュニティについては、リチャード・ブラウン氏による「バーチャルコミュニティのための構造モデルに向けて」との発表でも言及されていました。ブラウン氏はそこで、コミュニティの構成要素には、プラットフォーム(信頼できる場)、ロール(役割認識)、インフォメーション(情報)、コミュニケーションがあり、それらが順に層のようになった構造が求められると述べています。

 地域における公共コミュニケーションを考える際に、情報のやりとりだけを考えるのではなく、そのコミュニケーションを支える信頼できる場や役割認識、そこでやりとりされる内容への意識、理解が十分に備えられることで、コミュニティの構築に寄与すると考えることができるでしょう。

 私たちは「コミュニティの重要性が再認識された」という言葉でとどまっているわけにはいきません。それがどのように構築されるのか、メディアの持つ意義、コミュニケーションの持つ志向性の確認を行うことで、実践に関わっていくことが期待されています。
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  1. 2011/11/05(土) 07:13:05|
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河井孝仁

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自著(単著・共編著・執筆分担)

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