河井孝仁のシティプロモーション日記とか

誘い込むというコミュニケーション-『広報会議』2011年8月号

 筆者はエディ・ラボという自主研究グループの主査を務めています。エディラボは発足当初は「編集とは何かを考える研究会」としてスタートしました。大学に職を持つ研究者としての筆者に加え、フリーのエディター・ライター、建築家兼公務員、専門紙編集者、映像関係企業に勤務する若手社員に芸術系・メディア系の学生などを加えた多彩なメンバーの参加によって運営されています。

 主な活動として、広い意味で編集に関わる仕事をされている方へのインタビュー、そのインタビューを基礎とした議論、編集に関わる文献の輪読などを行っています。

 そうしたなかで、エディラボとして最近考えていることに「誘い込むという生き方」があります。「誘い込むという生き方」は、自らの弱い部分を戦略的に「見える化」することから始まります。その見える化された弱さを充填しようとする人や力を誘い込み、ネットワークすることが次の段階になります。そのうえで、ネットワークされた人や力を組み合わせることで、新たな価値を生み出す生き方が「誘い込むという生き方」です。

 この「誘い込むという生き方」は、地域における広報の重要性とも深く関わります。具体的に考えていきましょう。

 先日、筆者はある地方自治体の広報研修を企画し、実施しました。研修には準備段階があります。研修当日までに担当事業に関わる広報についての課題を自治体職員から聞き取ります。そのうえで研修に参加する他の職員にとっても共有可能な課題を選抜します。

 当日の研修はパネルディスカッションから始まります。地域における情報発信の支援をミッションとするNPO、ジャーナリストあるいはPR専門家、自治体の広報課職員に加え、選抜された課題を提出した職員がパネリストとなります。筆者はコーディネーターとして参加し、選抜された課題を解決するための方策について議論を行います。しかし、ここでは最終回答が出されるわけではありません。

 ディスカッションを一段落させたところで、研修を受講する30名ほどの職員は数名ずつのグループに分かれます。グループでは、先の課題に対する解決方策についてパネルでの議論も参考に意見交換を行います。その後にグループごとに意見交換の内容が発表されます。続いて、その発表を素材としてパネルディスカッションを再度行い、課題解決を可能とする考え方を提示して研修は終わります。

 こうした研修は、専門家が「行政広報のあるべき姿を解く」というスタイルとは異なります。一つの正解が提示されるのではなく、多様な可能性が多くの参加者やパネリストから示されます。いわばポリフォニー(多声)化された研修です。これによって研修参加者を受け身にとどまらせない、当事者化した研修が可能になります。参加者からも研修後のアンケートで高い評価が得られました。

 この研修は「誘い込むという生き方」を基礎にしています。すべてを理解しているという専門家による「教え」ではなく、当初はあえて結論を出さないことによって参加者を誘い込み、当事者化し、その答えの連鎖、ネットワークによって、課題解決を導くという発想です。しかし、ここで紹介したいのは研修手法だけではありません。

 こうして行われた先日の広報研修で提示された課題に関わることです。それは「広報のためにホームページを作ったが、できるだけわかってもらおうと記載を増やしていったら、とてもわかりにくくなってしまった。しかし、市民の多彩なニーズを考えれば、可能な限り多くの内容を表示したい。それでも、ニーズに十分には応えきれない。どのようにすればいいのか」というものでした。パネルディスカッションやグループワークに基づく発表には、さまざまな意見がありました。

 「市民のニーズをホームページだけで解決しようとすることには大きな困難がある。むしろ、ホームページではわかりやすさを優先させることが望ましいと考える。」「行政だけでは解決できない問題が多いのではないか。NPOとの連携によって市民ニーズに対応することができないか。」「NPOとの連携もあり得るが、市民の質問に市民が答えるということができれば、身近な解決になり得る。」

 これらの提案は、いずれも的確にデザインされた「誘い込むコミュニケーション」によってフォローされる必要があるでしょう。

 ホームページだけで解決できないのであれば、どのようにホームページから面接相談や電話・メールでの問い合わせに誘導することができるのかを考えなければなりません。ホームページという手段の弱さを「見える化」し、別の手段に誘い込むことが求められます。

 ホームページが無かった頃には、そのような相談やクレームは電話や来訪によって行われていたはずです。それを考えれば、ホームページの機能とはフィルタリングであると言うこともできます。わかりやすさを優先するためにフィルターの編み目からこぼれた意見を捨てるのではなく、どのように面接や相談などに誘い込むのか、そうしたデザインの発想が求められます。

 NPOとの連携についても、ただ連携が必要と述べるだけでは解決には至りません。行政ができない部分を明確にすることで、その弱い部分を補填するNPOが活躍する余地が生まれます。

 例えば、浜松市子育て情報サイトぴっぴは、信頼という力を持つ行政からの情報を素材に用いながら、NPOが収集した民間情報を組み合わせ、さらに、それぞれの情報への誘導にあたっては「先輩ママのアドバイス」などのナビゲーションを添えながらリンクを張っています。

 こうした情報ポータルは行政からの素材がなければ成立しません。その意味では行政が持つ詳細な情報へのアクセスを可能としておくことが必要になります。しかし、その詳細な情報を羅列しても市民のニーズに応えることにはならないでしょう。NPOの力を誘い込み、彼らの民間情報収集力やナビゲーションの力に依存することで、市民の満足を得ることが初めて可能になります。

 インターネットについてはCGM(消費者・市民が生成するメディア)の重要性が述べられます。確かに行政だけでは提供困難な情報を、市民による情報発信を誘い込み、補うことは有効です。しかし、そこには信頼性や十分な情報供給が可能なのかという課題があります。行政としては、自らの弱い部分を明らかにすることで市民の発信力を誘い込みつつも、あくまで補完とする戦略性への意識が必要になるでしょう。

 例えば、通行止め情報を市民からの発信によって補完するのであれば、市民からの発信と行政の情報をレイヤ分けした上で地図上に表示し、利用者の責任によって、どのレイヤを用いるかを選択させるなどのデザインは必須となるでしょう。

 エディラボで蓄積した研究からも、行政が、自ら地域を管理するのではなく多様なステークホルダーが地域を経営するという発想に立つとき、「誘い込むというコミュニケーション」に意識的になること、それをいきあたりばったりではなく戦略的に行うことが当然のあり方になっていると考えます
  1. 2011/09/08(木) 09:36:23|
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河井孝仁

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自著(単著・共編著・執筆分担)

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