河井孝仁のシティプロモーション日記とか

『インターネットは民主主義の敵か』

キャス・サンスティーン『インターネットは民主主義の敵か』を読む。
刺激的な読書になった。とても簡単にまとめてしまえば、フィルタリングされた情報だけに触れることが可能になった時、それは共和制という政治形態に何をもたらすかという問題提起。
実際には完全なフィルタリングはないだろうし、ネットだけが社会生活ではないのであくまで思考実験というものになるかもしれないが、必ずしも浮世離れした考え方でない。
現在、討議・熟議の民主主義の重要性が議論されているなかで、インターネットの持つ偏りを生む力への目配り、あるいは危惧の表明は重要だ。
このことは共和制というような大きな物語だけではなく、地域やそこでのコミュニティ、あるいは安全で元気な生活にも関連している。
この書ではSNSについてはまったく触れられていないが、本書で主に想定されているだろうBBS以上に、SNSにそうしたフィルタリングの可能性は大きい。RSSもまた、そうした囲い込みを助長させる力を持つ。
また、先に読んだ『ブログ・ジャーナリズム』ではブログについて同様の危惧が表明されている部分もあった。
eコミュニティしまだに引き寄せて考えれば、共有ポータルをどのように機能させるのか、オフラインを十分に活発化させるのか等々、さまざまな思考に誘われる。
  1. 2006/04/09(日) 23:08:35|
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『公私領域のガバナンス』

東海大学出版会から『公私領域のガバナンス』が30冊送付されてきた。編者の岩崎教授のお誘いで「地域ポータルサイトとガバナンス」という章を書かせていただいたものが刊行されたということ。
中身は、藤沢市市民電子会議室ウェブシティさっぽろごろっとやっちろ(八代市)、eコミュニティしまだE-democracy.org(ミネソタ)、thecolumbiarecord.comなどの地域情報交流サイトが地域ガバナンスに持つ意味を考察したもの。
紙幅が少ないこともあって駆け足の内容にはなっているが、自分としてはちょっと面白いアプローチが出来たかなと思っている。
大きな物語志向と小さな物語志向というような対照とか、オフラインの軽重とか、ガバナンスの装置と表現としての地域ポータルサイトとか、いくつかの分析軸は提示できているのでは。
今、私の頭のなかにある思考も、これを書いたときに刺激されたものが基になっている部分も少なくない。今後も発展させていきたい内容だと思っている。
ガバナンスの系譜について触れた章など、打合せ中にも勉強させてもらった。
多部数、大学に送ってもらえばよかったが、私の勘違いで自宅に送付されたので、また大学に戻さなくては。
ちなみに、東海大学出版会の書籍ながら著者のうち東海大学の教員は私だけです。
  1. 2006/04/08(土) 23:45:53|
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新入生ガイダンスとか

そろそろ大学も新学期を迎える。何やらかにやらで大学へは出かけているのだが、継続的な「教員」としての仕事が始まるのは久しぶり。
今日は広報メディア学科への新入生ガイダンス、教授会、文学部教職員立食懇親会。研究室も少し整理して、書籍の位置などを手直しした。
二年目の仕事になるわけだが、いつものパタンで早くも慣れた気持ちになっている。知らないことのほうが多いのだから、困ったモノだが。
しかも、広報メディア学科は異動が多く、退職された方や新任の方もいらっしゃって、上記のような気分もさらに醸成されてしまう。
いずれにしろ、自分にとっては似合いの仕事のような気もするので、これからも力を尽くしていきたいものだ。
  1. 2006/04/07(金) 23:27:00|
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『amazonia アマゾン・ドット・コム成功の舞台裏』

ジェームズ・マーカス『amazonia アマゾン・ドット・コム成功の舞台裏』を読む。
googleを読んだのでAmazonも という感じ。なんといってもgooglezonというお話もあるほどなので。
というのはともかく、実のところAmazonのレコメンドシステムなどには、とても興味を持っていることもあり、本書を読んだ。
しかし、本書の内容はそうしたものではなく、Amazonという会社、それもまさに駆け上がっていく時期のAmazonに在籍していた書評家の独白というもの。
専門家社員による書評というシステムが、素人(というか利用者)書評というシステムによって代替されていく状況など興味深かったが、当初の私の期待とは合致していない内容だった。
これも、「とはいえ」上記の利用者書評による代替などは先のジョン・バッテルの「多数による力」と響きあって十分に面白く読むことが出来た。
  1. 2006/04/06(木) 23:12:21|
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『ザ・サーチ』

ジョン・バッテル『ザ・サーチ』を読む。
検索を「回復と発見」の途として定義する本書は、グーグルに至る途を回復し、さらに未来を発見しようとしている。
もちろん、そのためにグーグルという企業そのものに紙幅を割くが、サーチの来し方行く末にとって重要な他の企業についての言及も少なくない。
グーグルを起業した二人について、またそれを補佐する人々の具体的な息づかいが感じられる場面は興味深い。しかし、アーカイブについて「多数による力(独裁でない力)」による重要性と検索エンジンによる可能性を指摘している点や、クリックストリーム(web遍歴による意思の足跡)についての言及など、人間ドラマにとどまらない思索の書としても小さくない意義を持つ。
アドセンスなどについても、既に出来たところから考えるととても整合的に見え、逆に刺激には欠けるが、作り出していくところから読むことで、さまざまなニュアンスやズレが感じられて面白い。この感覚は本書を通底している。
  1. 2006/04/05(水) 23:00:44|
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独)防災科学技術研究所

3日、客員研究員になっている独)防災科学技術研究所@茨城県つくば市にて、今年度の災害情報関係のプロジェクト打合せを行う。
eコミュニティが、どのように災害情報を供給し、活用することに役立つのか。リスク・ガバナンスの視点を基礎に具体的な研究を行うこととなる。
プロジェクトメンバー顔合わせを兼ねた打合せ。
雑談ながらSNSの可能性と限界などについても意見交換できた。そこそこ共通の認識があって興味深し。
泊はオークラフロンティアホテルつくばエポカル。新しく気持ちのいい宿だった。

明けて、今日、つくば市情報ネットワークセンターにて、島田を基礎とした研究についての詳細打合せ。eコミしまだ「管理人」が新たに育つ仕掛けなどについても検討。ちょっとおもしろくなりそう。

eコミしまだと言えば、メールマガジン発行の準備を進めている。プッシュ型の情報提供をきっかけに参加者を「引き込む」方法として考えている。これも横串を通す試みの一つ。
  1. 2006/04/04(火) 23:07:30|
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『ブログ・ジャーナリズム』

『ブログ・ジャーナリズム』(野良社)を読む。「ネットは新聞を殺すのか」の湯川鶴章氏が著者ということで関連読書のつもり。中身は鼎談の原稿起こし。
思ったより面白かった。ブログ云々以前に既存の新聞を中心とするマスメディアの問題点が指摘されている。これを北海道新聞で現役の高田昌幸氏、元新聞記者でガ島通信の藤代裕之氏が述べているところに、遠吠えではない説得力あり。なかでも高田氏の意見にはいろいろと教えられる部分多し。
一方、ブログの持つニッチメディア性がタコツボ化を助長する部分への指摘も的確。ただし、ブログポータルとか、エディターによるトラックバックなどによる是正が可能なのではないか。その意味ではSNSに終始することはいささか弊害があるのでは。関連するのかもしれないが、ブログの持つ「きざし」発現力が(おそらくは、テクノラティなどの中間媒介を経て)マスメディアとは異なるブームを作り出しうるというのは面白い。
さらに2chのもつ「ネタ」文化への指摘・因果分析も、私にとっては新鮮。
高田氏の言う「小さな言葉を使うことがいい」というのはイケてます。
  1. 2006/04/02(日) 21:45:13|
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直島

瀬戸内海の島「直島」に行くことができた。
現代美術に興味のある方なら周知の場所。岡山から宇野へ。20年以上前、初めて行った四国への途は宇高連絡船だった。今回は宇野から直島の宮ノ浦港へ。
地中美術館。モネの作品がまるで祭壇画のように飾られている。川村記念美術館のロスコルームを思い出す。壁のひとつには何も描かれていない白い地が掲げられている。不在ということ。極めて想像力的。「印象派展」などで他の作品と並べられた美術館の体験とはまったく異質な鑑賞経験。
ウォルター・デ・マリアの階段状の室の中央にある黒く大きい球は、そのまま神、あるいは至上なるものをイメージさせる。しかしそのマリアの作品が海岸にも据えられ、そこでは荘厳とは大きく違う場所に二つの球が並び、先のイメージの相対化、あるいは注釈が行われているのは興味深い。
ジェームズ・タレルの光にも、やはり宗教的な印象が強い。安藤忠雄の建築物自体がそうした思いを引き出している。中庭などから見られる「区画された」空。
地中カフェで軽食。
地中美術館を後にベネッセハウスへ。現代美術の顕名の作家作品が並んでいる。こちらは美術館的印象だが、クネリスやロングの作品が直島を訪れて作られたものだと知れば、感慨もある。大竹伸郎のいくつかの船をモチーフにした作品もあらためての発見だった。
バスに乗り、カフェまるやで昼食。ここもなかなかの場所。石井みつ子の作品に取り巻かれて食べるカレー。トイレを借りれば、その脇には坪山彩子の『mama fruits』、トイレの中の古い抽斗を利用した花瓶置きも。
家プロジェクトに向かう。宮島達男の「Sea of Time '98(時の海 '98)」は古民家の一部屋に水が湛えられ、水の底から宮島のモチーフであるカウントされる数字が光り、数えられている。「死」と「再生」。宮島の作品に通底するそうした感情が、水の底から光っていることで、より印象づけられている。
タレルの南寺の作品。闇の中での10分間とその後に現れる茫とした光。「感覚」そのものをモチーフにしているとも。杉本の護王神社にも特徴的なように、直島という場所の記憶を美術という形で継続し、再現する「家」プロジェクト。
南寺のすぐ横でサッカーをしていた少年たち。家プロジェクトで案内人を務められていた女性や老人。役場でバスの運行を担当している若い男性。彼らが住む島。
久しぶりにどっぷりの「美術」のもつ力をあらためて感じた直島行であり、私の専門であるeコミュニティということも実は現在を「読み直す」ための動態であるという意味で、勇気づけられる旅になった。
  1. 2006/04/01(土) 23:25:10|
  2. 歩き回り|
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河井孝仁

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自著(単著・共編著・執筆分担)

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