河井孝仁のシティプロモーション日記とか

日経新聞から

8日の日経の記事、「顧客からの電子メール、企業の対応調査・評価」というもの。行政も、こんな形で外部評価してもらえばいいはず。やってるのかなぁ。勉強不足です。

また、「新小型車の紹介ネットドラマで」という記事も、専門柄、行政(やNPO)のWebページを思ってしまう。
先日には、自治体Webページが実は相当閲覧されているとの調査報告もある。とすれば、自治体ホームページを地域広告メディアとしようという発想も自然だろう。実際にも千葉県市川市ではバナー広告を募集しているが、バナーという形ではなく、ネットドラマというような、より積極的な広告もありかも。静岡県でやっていたデジタルレポーターという地域の動画紹介を1ランクアップさせるとか。この時、企業だけではない「地域の広告」という視点をどう考えるか。ブランド論とも関わって、単に自治体Webページに企業広告載せればいいということではないだろう。

さらに、同じ8日の紙面にはWeb広告研究会調査として、自社のホームページについて「回答企業の85%が商品情報の提供手段として役立っている」との結果が報道されている。が、むしろ、残りの15%が、どういう意図でホームページを運営しているか気になる。商品情報の提供をもともとしていないのか。役立っていないものをコストをかけて維持しているとも考えられない。商品情報の提供ではない形の多様なWebページの活用はあり得るが、具体的にどのようなものを企業が採用しているのか。このWeb広告研究会調査、追ってみてもいいかも。

その他、いくつか、考えを詰めていきたいのだがさすがに時間不足。

『社会科学のリサーチデザイン』勁草書房 読了。若き頃に学問的「徒弟奉公」を経ていない私にとって有意。ただ推論としての社会科学研究に加え、設計・デザインとしての社会科学研究までは届いていないようにも思う。もちろん因果的推論のないままでは設計・デザインも独りよがりではある。

  1. 2004/11/09(火) 01:20:55|
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ブログと豆の木

新潟県中越地震に関わって、ブログ由来のスパムメールが、話題になっている。
この考察は、明日以降に行いたいが、今日のところは「アンネの日記」と「ジャックと豆の木」の話として考えてみる。

「たかがブログ、されどブログ」というような決めゼリフで言われるような
ブログはただの個人日記みたいなもの※なのに、今は、それがメディアになっているという話。
それが、極めて現在的な現象だというような感覚。

しかし、例えば「アンネの日記」について考えれば、アンネ・フランクは戦時下で日記を書いているという思いしかなかっただろう。それが、時間を超えて、今の世界でメディアとして出版され、劇化されている。アンネに限らず、江戸期の日記が単に資料としてではなくテレビドラマになった例もあるはず。
こうしたメディアとなった日記の例に依れば、ブログがメディアとなることは、別に現在的な現象とは言いきれない。
本質的な違いがあるわけではないと断ずることも可能だろう。
メディアが個から発することは通時的な現象であったといってもいい。

一方で、本質的な違いがないというものの、同じ豆の木でもジャックが撒いた豆から生えた木は、とてつもない大きさになって、空高く伸び上がり、鬼の世界にまで届いてしまった。
時を超えることでメディアとなりえることのあった日記が、ICTの力により、時を超えずとも空間を超えてメディアとなる。
そういう捉え方もあるだろうと考える。

「「空前」の話ではない」と言う謙虚さを、「現在」を考えるアンカーとする。
「現在」がもたらしている(広がりの)「サイズ」の違いに思いを届かせ、ICTを本質とは無縁なツールであるとして看過せず、その力を十分に分析する。

そうした「通時」と「瞬間」の十字路として、今を分析・設計する、そんな研究態度がここでも必要なのだろうと、さわさわと思う。

※ただし、ブログがUSAなどで喧伝されはじめた当時、日記というイメージより、戦争の状況を現地からリアルに発信するような、直接的に「メディア」を志向していたものとして覚えている。


  1. 2004/11/06(土) 01:57:56|
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今日は田臥

田臥、見ました。しかし、あのNBAに日本人選手が出場するとはねぇ。
しかも、フリースロー4/4に3Pを決め、PGらしくアシストも1。アシストも、結構いいパス出していたから、まわりがもうちょっと巧く決めてくれれば、あと2,3は増えたと思える出来。もちろん、そのあとちょっとがナッシュとの違いではあるんだろうけど。
一時期、NBAを相当見ていた頃があった。10年ぐらい前かな。ジョーダンやピペン、カークライトなどのいたシカゴがもちろん気にしていたチームだけど、その他でもBSはよくつけていた。そういえば、今日のBS中継で解説者席に3Pシューターのマレーがいた。
横浜のNBA開幕戦も見に行ったっけ。ショーン・ブラッドリーは76ersだったか。
その後も時々気にしてチャンネルを合わせたりしてたんだけど、最近のセンター勝負のゲームは今ひとつって感じ。
でも、その頃、日本人がNBAの舞台に立つとは思わなかった。MLBも野茂までは(マッシー村上を除けば)未知の領域だったわけだけど、まだ「ありうる」感じ。
サイズの問題(縦だけじゃなく横も)からも、ちょっと考えなかったなぁ。
しかし、田臥、かっこよかった。パンツの紐を直しながらの初登場ってのもすかしてたけど。
ブッシュもあるけど、今日は田臥。
  1. 2004/11/05(金) 01:18:43|
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楽天

結局、楽天でした。
ライブドアは、近鉄のコーチ陣をスタッフ採用し、阿波野の頃のピッチングコーチ権藤さんを迎え と旧近鉄ファンにとっては親近感のあるチーム作りだったので残念。
客観的に考えれば楽天でしょうが、美味しいとわかってから出てきてさらっていくという印象は拭いきれないね。
やっぱ、球界の偉いさんにノーネクタイがまずかったというのが最大の理由だったりして。
ますます、日本のプロ野球には贔屓チームがいなくなったなぁ
  1. 2004/11/03(水) 02:26:41|
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島田eコミュニティ

島田市で、コミュニティセルが活用する、ポータルというかウェブページの利用講習会。
技術の方と実際のセルメンバーの間で「取り持ち」みたいなことや「翻訳」みたいなことを行った。エディターとまでは言わないが、それを意識した動き。
だいぶポータルのイメージも固まってきたので、使い勝手も見えてきたと思う。
午後から2回の講習会で20人ほどが参加。なかなか熱心にPCに向かってくれたのではないか。
技術の方が臨機応変にxoopsを書き換えてくれるので、それもセルメンバー=受講者の反応がよかった理由と思われる。
このコミュニティセルポータルや、セルを跨りつつ掲示板やFAQなどを利用できる共有ポータルが、地域メディアとして小さいながら集まり、大きな意味のあるメディアとなる可能性もあると考える。もちろんメディア=伝達にとどまらず、メディア=媒介として。
そのためにも、多様な意味での実験デザイン、活用デザインのエディティングが必要だろう。具体的な「イベント」などを継続して行うことによる、ポータルへの意識寄せなどを考えている。
島田にとどまらず、別の地域での実施による比較なども必要。
これらを通して、研究としては慎重なアンケート設計等をも基にした、単に「記述」にとどまらない、セル、セルポータルの存在による地域力付与の可能性といったところへの「推論」レベルまでもっていくことができるかが課題であると考えている。
地域力というキーワードは地域における「政策協働市場」にもつながる(セルが政策協働市場の参加者になり、地域をエンパワメントするという点もあるが、より広く考えれば、多様な「媒介場」が存在することが地域力の源とも言えるのではないか。)
また、上記のメディア設定は、「分析」、「推論」にとどまらない具体的な「設計」ということにもつながる研究になると考えている。
以上、大口をたたいてみたので、動かなくてはね。
  1. 2004/11/03(水) 02:08:54|
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そういえば神無月

振り返ってみれば、9月から先月は相当多くの原稿を書いたことになる。
出版予定のあるもので脱稿したもの(電子自治体関連)が1本、二稿まで提出(ケータイ関連)が1本。
民間白書の項目執筆了(ケータイ関連)が1本。
学会発表概要(情報の信頼性に関わって)が1本、発表用論文(コミュニティセル)が1本
生涯学習系の大会でのパネルディスカッションの資料冊子(ユビキタス)に1本。
NPO関連のルポ(出版用)の最終稿は9月だったか?、その他、いくつか資料もあり。
ブログが滞った理由でもないのですが・・・
しっかり入力していかなくては。醗酵させていく時間と「ベット」が重要。
その意味で、ブログは「ベット」のひとつになりうるはずなので。
  1. 2004/11/02(火) 09:24:16|
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霜月はじまる

今日から11月。先月、個人的には底流ながら急速な流れが生まれた月だった。
振り返れば、トピックとなる月になるのかもしれない。
それが、台風23号被害、新潟県中越地震、イラクでの初めての日本人人質殺害の月にあたった。
災害時にケータイがどのように意味を持ったのか(少なくともパケットは生きたとの報道)、地域メディアがどのように有意義だったのか、NPOの持った意味や、災害情報支援システム研究会や、ユビキタスネットワーク社会システム研究会での議論が地に足のついたものなのかの検証をしっかりと行いたい。今の生活では十分な時間を割くことは必ずしも容易ではないが、表面的に「あんなことがあった。こんなことが報じられた。」では研究者でもあれば、あまりに侘びしいだろう。
イラクでの香田さん殺害の報道における扱いの小ささに、逆に驚く。イラクで人質となった人間が殺害されることは既に日常であり、それが偶々日本人であったとの受け止めでもあるのだろうか。
「日常のもっている裂け目」という言葉は、実は危機を孕み、いつ、その危機に陥るのかわからない として使われるのだろうが、むしろ「日常という布は、裂けた布をもういちど織りあわせて、形としている。その布をまとうことで、私は暮らしている」という印象を持つ。「裂けた布」に思いを致す。
また、ダイエーの再生機構活用受諾も印象に深い。西武の堤氏の蹉跌も、この月。怖ろしい月だった。
一方で、日本のプロ野球ではドラゴンズが敗れ、MLBではBosoxがチャンピオンになったのも、10月。
これらは毎年のこととはいえ、年毎に役者は異なる。
実は10月という月は、なかなかに一筋縄ではいかない月なのだとあらためて認識する。中間決算をこの月に締める企業人にとっては今さらの感慨でもあろうが。

そして霜月11月がはじまる。踏みとどまりつつ、そのうえで進むことを心して。
  1. 2004/11/01(月) 23:55:00|
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河井孝仁

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自著(単著・共編著・執筆分担)

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